函館市保健所視察

2002年10月9日(水)

レポーター:ノア

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函館市保健所の野犬拘留所というところを訪れた。


私は、函館で「動物愛護団体」を立ち上げようと思い、保健所の実態を探るべく函館保健所に電話をし、見学の申し出をした。保健所と野犬拘留所は、少し離れた場所にあるため、電話に出た保健所職員さんに「直接、野犬拘留所に電話してください。」と言われ、その施設の電話番号をおしえてもらう。
早速、電話をする。
「新野と申します。そちらの施設の見学をしたいのですが、これからお伺いしてもよろしいでしょうか?」
野犬拘留所「引き取りですか?」
「いえ、あの愛護団体を立ち上げようと思っているので見学したいのですが、大丈夫ですか?」(その頃、函館に動物愛護団体はなく、後にARC(アニマルライツセンター)函館支部が発足された)
野犬拘留所「はい、わかりました。」
その電話を切るとすぐに「函館市野犬拘留所」へと向かう。
そこは、市街地からかなり離れたところにあった。舗装されていない山道をゴトゴトと車で上る。片側は崖であり、うっそうとした木々が立ち並んでいる。天気が良い日であったにも関らず、裏寂れた雰囲気を漂わせている。地元住民たちは「薄気味悪い」と言い、この道を通るのを嫌うという。
 午後1時くらいに函館市野犬拘留所到着。
古ぼけてこじんまりとした施設の前には2頭の犬が繋がれていた。1頭はビーグル犬のようだ。先ほど、電話応対をした職員さんが出て来る。
「この犬たちはどうしたのですか?」
職員「里親が決まった犬です。」
そして、建物の中に入る。施設というよりは小さな倉庫で檻の中の犬もすぐに見えた。
この日、檻に入っていた犬は1頭で、赤い首輪をしていた。
鼻先に皮膚炎のようなものが見られるが、毛並みはそんなに悪いとは言えない。鉄格子の中には水の入ったボウルがぽつりと置かれているだけで、他には何もなかった。
檻の上には捕獲日と捕獲された場所が書かれた白い札が下げられていた。
写真撮影については特に何も言われなかったため、私はこの犬をまずカメラに収めた。
「この犬は、飼い犬だったのでしょうね。首輪をしているところを見ると・・・」
職員「そうですね、なかなか人懐っこくいい犬ですよ。」
「どういう経緯でここに来ることになったのですか?」
職員「その地域の住民から野犬がいるので捕獲してほしいという要請があったもので、現場に行くとすぐに見つけました。それでここに連れて来たわけです。」
「鼻に皮膚炎があるようですが、治療などはしますか?」
職員「それは一切やりません。最低限の水とエサを与えるだけです。」
「この犬を引き取りたいのですが、よろしいですか?」
職員「今は拘留期間中なのでだめです。法律で決まっていますので。」
「無理ですか?少しでも早く治療してあげたいのですが」
職員「ちょっと待ってください」と言って、仮設住宅のような事務室に入り、保健所に電話をかけているようだった。
その間に私は辺りを見回してみた。処分後の犬の鎖が並べて掛けられているのが見えた。他には特に気になるようなものはなく、いたってシンプルな作りだ。
職員さんが戻って来て私に告げる「やっぱり、無理ですね、明日かあさってなら良いですけど・・・」
私は「わかりました」と言い、そこから出ようとした時に隣の部屋(というか倉庫)から何やら音が聞こえるのに気づいた。聞き逃してしまってもおかしくはないくらい微かな音だった。よく聞いてみると仔猫の鳴き声だと思った。しかし、確信は持てない。
私は、また質問をする。
「隣は何ですか?猫もいるのですか?」
職員さんは隣の部屋へと案内する。
真ん中に大きな焼却炉があって、処分された犬の遺体が2体、毛布に包まれて置いてあった。私はそこに入っても、いったいその声がどこから聞こえてくるのか、分からずにいた。ふと、目線を下へ向けてみる。目を疑うような光景だった。
狭く小さな檻の中にダンボール箱やティッシュ箱のようなものが積み重なっている。
鳴いていたのは、小さなダンボール箱から少しだけ顔を出している3匹だった。
他のダンボールはガタガタと動くわけでもなく、ただそこに物として置かれているだ
けだった。ティッシュ箱のような小さい箱の中身を見た時、私は言葉を失った。
そこには、生まれて間もないへその緒がついた芋虫のような生き物が詰め込まれていた。目がまだ開いていない。
私は、感情の高ぶりを押さえきれずに急いだ口調で「ここを早く開けてください!」
と職員さんに言った。
職員さんは呑気な声で「あ、はい。」と言うと小さな檻の扉を開けてダンボールを次々と出しては生き物が入っているとは思えないような手つきで、無造作にボンボンと床に置いていった。私はダンボールの数を数えることができず、その光景を呆然と眺めていた。
職員さんは、すべて出し終わると箱を開けた。そこには糞尿にまみれ衰弱しきったで子猫たちが入っていた。かろうじて生きている者とすでに息絶えている者がごちゃまぜになっている。
職員さんは手袋を着用し仔猫の首を持って「あ、これは死んでいますね。これは・・・あ、生きています。これは・・・」と仕分け作業が始まった。職員さんによって「死んだ」と判定された仔猫は次から次へと床にボトボト落ちて行った。
私が触ろうとすると「あ、病気があるかもしれないので危険ですよ」と言われる。
「仕分け」が終わって「生きている」とされた仔猫を薄暗く冷たいところから、外の日の当たる場所へとダンボールごと移動した。
ダンボールの中は湿っていて、子猫の体もびしょ濡れだった。
私は、職員さんの忠告をよそに子猫たちを触ってみる。鳴いていた比較的元気な5匹の猫たち以外はみんな冷たくなっていた。体が硬直していく寸前で、手を少しだけ動かしている子もいた。へその緒のついた赤ちゃん猫を触ってみると、この子たちも体温がないのがわかった。しかし、私の手の温かさが伝わったのが手足を微かに動かしている。生きているのだ。
とにかく、このままではいけない。
私は、引き取ることを告げ仔猫の数を数えた。
この時点で生きていた仔猫15匹。
引き取るには、住所、名前、電話番号を専用の用紙に記入すれば手続き完了。
この時、職員さんに質問をしてみた。
「この子たちを連れて来る飼い主に対して何か指導はしていますか?例えば、里親募集をしてみたらどうか?とか、そういった提案はしないのですか?」
職員「いやね、私共は処分して欲しいということで預かりますからね、あのー、それで処分するわけですよ」
私「いや、そのペットを連れてくる人に対して、何か言わないのですか?」
そう、聞いてみたが同じ答えが返ってきた。
私「では、欲しいという人に受け渡しは行っていますよね?」
職員「ええ、欲しいという人がいれば、引き取ってもらっています。」
私は、ダンボールを新しいものに取り替えてもらい、車の暖房を最大にして動物病院へと直行した。


この日、拘留されていた唯一の犬だ。鼻に皮膚炎が見られた。私の顔を見るとしっぽを振ってくれた。檻の中で鎖に繋がれ、水が与えられていた。
鳴き声が聞こえる方向に進むと、箱詰めされた仔猫たちが、小さな檻の中に入っていた。声が聞こえなければこれが檻だと気づかないほどだ。この現状には私も唖然とした。
ダンボール箱を開ける。生きている猫、死んでいる猫がごちゃまぜに入っていた。すでに冷たくなっている猫がほとんどだった。
この子たちの声がなければ、私はこの現実を見過ごしていたかもしれない。比較的元気な子たちではあるが、脱水状態が酷く2ヶ月もの間、動物病院で治療を受けることになった。
驚いた!ティッシュ箱のようなものに詰められた、生まれて間もない「へその緒」がついた仔猫たち。すでに冷たくなっているがまだ息があった。微かに手を動かしている者もいる。一番下になっていた2匹は圧迫、窒息死と思われる。

殺処分され、火葬される前の犬。毛布に包まっているが顔が少し見えた。私は冷たくなった頭を撫で、「間に合わなくてごめん・・・」と言って泣いた。
この台の上には無数の小骨が散らばっていた・・・。

 

函館市長へのメール・・・12月4日(水)
井上市長殿
はじめまして。お忙しいところ失礼します。
以前、函館野犬拘留所から仔猫を15匹保護し、里親探しを行った○○と申します。
拘留所に行って驚いたのは、犬は大きな檻に1頭ずつ入ってエサなども与えられて
いる様子でしたが、猫はダンボール箱に入ったままギュウギュウ詰めになって、
小さな檻に積み重ねられていることです。
もし猫の鳴き声が聞こえなかったら、そこに「生き物」がいることすら気づきません。
市長殿は、この野犬拘留所の現状は把握されているのでしょうか?
職員さんに聞いたところ、「欲しい人には引き渡す」と言っているのにも関らず、糞尿にまみれた放置状態で、これでは「引き渡す」ことができる状態ではないと思いました(現に仔猫たちが回復し、里親募集するまでに2ヶ月もかかりました)。
あまりにも酷すぎます。
中には生きている猫も死んでいる猫もごちゃ混ぜに入っていて、かなり衰弱していました。ほとんどが冷たくなっています。
私は、急いで生きていた15匹を動物病院に連れて行きましたが
8匹は脱水、衰弱が酷くすぐに亡くなりました。
北海道では、「新しい飼い主探しネットワーク事業」と題して殺す方向から生かす方向へと向かっているのではなかったのでしょうか?
本当にがっかりです。
国民の税金を使ってただ殺処分を繰り返していては何の解決にも繋がらないと思います。
その経費を里親探しの方向に使うのではなかったのでしょうか?
その後、保健所に問い合わせても「里親探しをしようにも、まだ宣伝ができていない状況だ」と言われました。
その間にも不幸な動物たちがどんどん殺されているのかと思うと、何故、早く実行に移してもらえないのか理解できません。
現段階の状況とこれからの指針を報告していただけますようお願い申し上げます。

*函館保健所にも同様にメールを送ったが返事は来ないままだ。文責:新野ノア
(noah-niino@yahoo.com)************

「感 想」
私の側には3匹の仔猫たちがいる。いつもゴロゴロと喉を鳴らして膝の上に乗ってくる。この子達が今生きているのは、正直に言って「奇蹟」である。
私が連れ帰った15匹のうち、8匹は死亡した。エサも水も与えられない冷たい保健所の檻の中で更にダンボールに詰められて、何日も経過していたのだから生きる希望など持てるはずはない。保健所からこの子たちが本当に回復し、元気に走り回れるようになるまでに2ヶ月もの間、毎日かかさず動物病院に通った。脱水症状がひどかったのだ。
「里親を募集したい」と思い保護したが、とても里子に出せるような状態ではなかったのだ。私の部屋の温度を常に30℃以上に保ち、カゴの中にアンカを入れ、ミルクを飲ませることに必死になった。しかし、哺乳瓶からミルクを吸う力さえ残っていない2匹は私の目の前で口を開けたままダラリとして息を引き取った。
へその緒のついた赤ちゃん猫たちは即入院。6匹のうち2匹は積み重ねられた兄弟の下で圧迫死。病院に着くまでの間、必死で手の中で温めた。あの冷たくて小さな体を何度も思い起こす。赤ちゃん猫で結局生き残ったのは、たったの1匹だった。その子も12月になってようやく里子に出すことができた。
 保健所という場所に初めて出向いて、そして私が見たのは「地獄の風景」としか言いようのないものだった。溢れる涙を拭きもせず、カメラのシャッターを切った。本当はそこで大声をあげてしまいそうだった。それを押さえ、とにかく今ここにある微かに揺れる命を救いたい一心で、そしてこれから何かが変わることを祈るように、私はそこに居た。
この子たちを救ったところで、来週になればまた同じように見捨てられた命がここに運ばれてくるのだ。人間が変わらなければ、このサイクルは繰り返される。部屋にはガスが充満し、焼却炉は絶えず煙を出し続けるだろう。
いったい、私に何ができるというのだ。
私は、この子たちの世話を続けながらも時々無力感に襲われた。
だけど!
この虚しく苦痛に満ちた世界のことを人々に伝えよう。
それが、今私ができる最大のことなのではないか?
私が救うことができなかった命、あの鉄格子の向こうにいた犬の目が頭に焼きついて離れない。
今、こうして私が書いていることが誰かの心に届き、そして少しでも多くの人がこの現実を見つめ、何か行動を起こすきっかけになることを願わずにはいられない。
小さなことでもいい、少しずつでもいい、でも着実に・・・。
信じて・・・。
この世界を変えるのは、紛れもなく私たち一人一人なのだから。
この頃の私の日々を綴った日記を読んでみたい方は、是非私のホームページ
BiterSweetDiaryを覗いていただければ幸いです。
http://plaza.rakuten.co.jp/bittersweet/