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函館市保健所視察 2002年10月9日(水) レポーター:ノア http://plaza.rakuten.co.jp/bittersweet/ | |
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函館市保健所の野犬拘留所というところを訪れた。
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| この日、拘留されていた唯一の犬だ。鼻に皮膚炎が見られた。私の顔を見るとしっぽを振ってくれた。檻の中で鎖に繋がれ、水が与えられていた。 |
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| 鳴き声が聞こえる方向に進むと、箱詰めされた仔猫たちが、小さな檻の中に入っていた。声が聞こえなければこれが檻だと気づかないほどだ。この現状には私も唖然とした。 |
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| ダンボール箱を開ける。生きている猫、死んでいる猫がごちゃまぜに入っていた。すでに冷たくなっている猫がほとんどだった。 |
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| この子たちの声がなければ、私はこの現実を見過ごしていたかもしれない。比較的元気な子たちではあるが、脱水状態が酷く2ヶ月もの間、動物病院で治療を受けることになった。 |
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| 驚いた!ティッシュ箱のようなものに詰められた、生まれて間もない「へその緒」がついた仔猫たち。すでに冷たくなっているがまだ息があった。微かに手を動かしている者もいる。一番下になっていた2匹は圧迫、窒息死と思われる。 |
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殺処分され、火葬される前の犬。毛布に包まっているが顔が少し見えた。私は冷たくなった頭を撫で、「間に合わなくてごめん・・・」と言って泣いた。
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函館市長へのメール・・・12月4日(水) *函館保健所にも同様にメールを送ったが返事は来ないままだ。文責:新野ノア |
| 「感 想」 私の側には3匹の仔猫たちがいる。いつもゴロゴロと喉を鳴らして膝の上に乗ってくる。この子達が今生きているのは、正直に言って「奇蹟」である。 私が連れ帰った15匹のうち、8匹は死亡した。エサも水も与えられない冷たい保健所の檻の中で更にダンボールに詰められて、何日も経過していたのだから生きる希望など持てるはずはない。保健所からこの子たちが本当に回復し、元気に走り回れるようになるまでに2ヶ月もの間、毎日かかさず動物病院に通った。脱水症状がひどかったのだ。 「里親を募集したい」と思い保護したが、とても里子に出せるような状態ではなかったのだ。私の部屋の温度を常に30℃以上に保ち、カゴの中にアンカを入れ、ミルクを飲ませることに必死になった。しかし、哺乳瓶からミルクを吸う力さえ残っていない2匹は私の目の前で口を開けたままダラリとして息を引き取った。 へその緒のついた赤ちゃん猫たちは即入院。6匹のうち2匹は積み重ねられた兄弟の下で圧迫死。病院に着くまでの間、必死で手の中で温めた。あの冷たくて小さな体を何度も思い起こす。赤ちゃん猫で結局生き残ったのは、たったの1匹だった。その子も12月になってようやく里子に出すことができた。 保健所という場所に初めて出向いて、そして私が見たのは「地獄の風景」としか言いようのないものだった。溢れる涙を拭きもせず、カメラのシャッターを切った。本当はそこで大声をあげてしまいそうだった。それを押さえ、とにかく今ここにある微かに揺れる命を救いたい一心で、そしてこれから何かが変わることを祈るように、私はそこに居た。 この子たちを救ったところで、来週になればまた同じように見捨てられた命がここに運ばれてくるのだ。人間が変わらなければ、このサイクルは繰り返される。部屋にはガスが充満し、焼却炉は絶えず煙を出し続けるだろう。 いったい、私に何ができるというのだ。 私は、この子たちの世話を続けながらも時々無力感に襲われた。 だけど! この虚しく苦痛に満ちた世界のことを人々に伝えよう。 それが、今私ができる最大のことなのではないか? 私が救うことができなかった命、あの鉄格子の向こうにいた犬の目が頭に焼きついて離れない。 今、こうして私が書いていることが誰かの心に届き、そして少しでも多くの人がこの現実を見つめ、何か行動を起こすきっかけになることを願わずにはいられない。 小さなことでもいい、少しずつでもいい、でも着実に・・・。 信じて・・・。 この世界を変えるのは、紛れもなく私たち一人一人なのだから。 この頃の私の日々を綴った日記を読んでみたい方は、是非私のホームページ BiterSweetDiaryを覗いていただければ幸いです。 http://plaza.rakuten.co.jp/bittersweet/ |